「デモ画面」の美しさに惚れ込み、現場のオペレーションを無視した末路

展示会で見せられた、キラキラと輝くダッシュボード。これさえあれば、我が社のIT化は成功するはずだった。その「美しさ」が、現場の地獄の入り口であるとは、この時の私は気づく由もなかった。

「一目惚れ」から始まった数千万円の投資

ある中堅メーカーの社長は、最新の生産管理システムのデモを見て、その場で導入をほぼ決意しました。 「見てください、このグラフ。在庫状況がリアルタイムで、しかもこんなに綺麗に可視化される。これですよ、私が求めていたのは」

ベンダーの営業担当者は、淀みない操作で次々と「完成された画面」を見せていきます。入力はスムーズ、検索は一瞬、そして出力されるレポートは美しい。社長の頭の中には、このシステムを使ってテキパキと働く現場の姿が浮かんでいました。

数千万円の契約書に判を押すのに、迷いはありませんでした。

IT部門へ降りてきた、現場からの突き上げ

しかし、導入から数週間後。情報システム部門の責任者は、現場の各フロアから鳴り止まない電話と、連日のように届く不満のメールに頭を抱えていました。

「課長、このシステム、使い物になりませんよ。前のエクセルのほうがよっぽどマシです」 「入力に時間がかかりすぎて、本来の業務が止まっています。なんとかしてください」

IT担当者が慌てて現場に足を運んで目にしたのは、モニターの前で途方に暮れるベテラン社員の姿でした。ベンダーがデモで見せていた「美しいグラフ」を出すためには、現場が毎日、数百項目にも及ぶデータを手入力しなければならなかったのです。

デモで見ていたのは、あくまで「整ったデータが入っている状態」の完成図でした。しかし、そのデータを誰が、どうやって、どれほどの苦労をして入力するのかという「オペレーション(運用の流れ)」については、社長も、導入を任されたIT担当者も、誰も深く検討していなかったのです。

1つの項目を入力するために「3つの画面」を移動する

このシステムは、多機能であるがゆえに画面構成が非常に複雑でした。 例えば、1つの製造指示を登録するために、3つの異なる画面を行き来し、10箇所ものプルダウンメニューを選択しなければなりません。

手袋をしたまま、油で汚れた手で操作しなければならない現場の人間にとって、マウスで細かくクリックを繰り返す作業は苦痛以外の何物でもありませんでした。結果として、現場は入力をサボり始め、あんなに美しかったダッシュボードには「空欄」ばかりが目立つようになりました。

教訓:IT化の主役は「出力」ではなく「入力」である

経営者がダッシュボード(出力)に惚れ込むのは理解できます。しかし、IT投資の成否を握るのは、常に 「入力」 の負荷にあります。

「そのグラフを出すために、現場の誰が、一日に何回、どんな体勢で入力するのか」

この問いに答えられないままシステムを選んではいけません。デモ画面の美しさに目を奪われそうになったときこそ、あえてベンダーに「一番面倒な入力画面」を見せてもらい、現場の人間と一緒に触ってみること。

「動く実物を触る(EDD)」の重要性は、こうした「見た目だけのシステム」を排除するためにも、極めて重要なプロセスなのです。